プロフィール

こんにちは、リライフブロガーの「やけゆう」(@tengan36)です。
今回は、より詳しい私のプロフィールを紹介します。

学生時代

衝撃を受けた浪人時代

学生時代は、とにかく人としゃべることが苦手で、
友達を作るのが下手でした。

なので、娯楽はいつも一人で出来ることで楽しんでました。
特にRPGゲームにハマり、ドラクエファイナルファンタジー
といった王道ロールプレイングを何周も
やり込んだのを覚えています。

高校生になってもやめられず、
そのせいもあって大学受験に失敗し
一度浪人生活を経験してます。

その時に現役で大学に合格した友達から

「今こんなことを大学でやってるんだぜ」

と自慢話を聞きながら、
パソコンを見せてもらった時に
衝撃を受けました。

なんとノートパソコンの画面上で、
今まで幾度となくやりこんだRPGゲームが
まるで実機のように動作していたのです。

それは「エミュレーター」と呼ばれるソフトウェアで、
擬似的に別の装置をパソコン上で模倣し、
実機と同じ様な動作を実現しています。

しかもノートパソコン上で動いてたので、
今まで自宅でテレビとゲーム機を自宅で
わざわざ接続していた私にとって、
常識が覆された瞬間でした。

当時、受験する学部など決めていなかった私は、
この出来事をきっかけに、その友達が通っている

「情報工学科」

という学部を受験することに決めます。

大学入学

志望学科が決まり、予備校に通いながら
なんとか希望通りの学科に
受かることができました。

私が入学した「情報工学科」は、
主にパソコンのプログラミングを専門に学習し、
卒業後はプログラマーエンジニアとして
就職する道が用意されています。

当時(2002年)学んだ言語は、
これまで主流だった「C言語」に代わる
新しいトレンドになるであろう

「Java」

を学ぶこととなります。

ただ、
今まで受験勉強しかやってこなかった私にとって
プログラミング言語を全く理解することが
できなかったです。

その時も激しくコミュ障だった私は
同学年の友達もつくることができず、
グーグル先生もまだ存在していなかったため、
完全に授業から孤立してしまいました。

そのため、
1年次終了時点で取得単位が18単位
絶望的な成績で過ごしてしまいました。

2年次になると更にハイレベルな内容に進み、
授業に全くついていくことができなくなり
この年度は完全に心が折れます。

なので当時の私は大学に行かず、
中学時代の友達と
プレステ2のFF10をやりこんで
日々を過ごします。

その結果
取得単位が足りなくなり、退学という形で
大学をフェードアウトすることとなります。

大学再入学

大学2年次の年末、
授業に行かずニート状態だった私は
さすがに危機感を覚えました。

2003年当時、
日本の景気はITバブルの崩壊により
日経平均株価が7000円台にまで
落ち込んでいました。

当時の私は、

「このまま高卒資格のみではいい就職先を見つけられない!」

と感じ、
是が非でも大卒という経歴を残そうと思いました。

編入という道もあったのですが、
2年間20単位弱しか取得してない状態だった私は

「どうせならリセットして1からやり直そう!」

と思い、
今度は理系に比べ比較的卒業しやすい
文系の学科に再受験することを
決心します。

今から受験対策を行うとしたら
過去問しかないと思い、過去7年分の問題集を
1週間で復習し、再受験の結果
合格することができました。

この時、
センター試験まで残り1週間という時期だったので、
今思うと正直無謀な挑戦だったと思います。。

2回目の大学生活

再入学した学部では
経済学を専攻しました。

当時、に興味があったので
投資に関する勉強をすれば株で儲けることが
出来るんじゃないか、といった
浅はかな理由で専攻を決めました。

そして学費を稼ぐため、
友人の紹介で地元の大手スーパー
バイトを始めます。

2004年当時、
沖縄の最低賃金が606円だったのに対し、
紹介先の時給が750円でしたので
お金に目がくらみ飛びつきました。

朝9:00〜16:00まで大学で授業を受け、
バイト先まで50分車を運転して向かい、
17:00〜24:00まで勤務するという生活を
4年間続けます。

2回目の大学生活では、
理系に比べて単位が取りやすかったので
私はバイトにフルコミットして
過ごしました。

当時のバイト代は毎月9万円ほどあり、
毎日の仕事に没頭することで
お金を稼ぐ快感を得ることとなります。

私が担当していた仕事は

  • レジ打ち
  • 品出し
  • 発注
  • 売場づくり

といった内容で、
半分正社員のような業務を
こなしていました。

そんな日々を過ごしていると、
あっという間に4年次に突入します。

社会人生活(2008年4月〜)

就職活動

大学4年生になると
周りの友達が就職活動をし始めて、
いよいよ就職先を決めないと
いけなくなりました。

私も周りの雰囲気に合わせて、
とりあえずバイト先企業の面接を受けることから
就職活動を行います。

その企業は、
地元での就職先人気ランキング1位でしたので、
内定が貰えればラッキーみたいな感覚で
面接を受けました。

すると、ありがたいことに
バイトでの勤務が評価されたのか
比較的スムーズに内定を頂きました。

当時は他に地元銀行電力会社など、
入社すれば一生安定と呼ばれる企業にも
就職活動をする予定でした。

しかし、一旦内定をもらってしまうと
急に就職活動をする気が起きなくなり、
そのまま地元大手スーパーへ就職することとなります。

新入社員時代

さっそく正社員として、
バイト先と同じ企業で働くこととなりました。

初めての配属先での業務は、
バイト時代と同じ食品担当として
商品管理を任されました。

それに加えて、
パートナーさんやアルバイト生のマネジメント
行うこととなります。

大型店舗でもあったので売上規模が大きく、
私が担当した部署は、約6億円の売上を
毎年計上していました。

そんな部署を

  • 正社員の私1人
  • パートナーさん4人
  • アルバイト3人

で維持・管理してました。
そして、

  • 年中無休
  • 朝9:00〜夜24:00の営業時間

でしたので、
上手くシフトをやりくりしないと即詰んでしまう
超ハードモードな環境でした。

ただ、幸いにもバイト時代と同じ店舗でしたので、
周りの社員店長さんパートナーさんアルバイトの方
気をかけてもらいながら業務ができ、
新入社員の私でもなんとか乗り切ることができたと
思います。

店舗異動

入社して5年が経過し、
ついに異動辞令が通達されます。

今まで地元から一歩も出ず
9年間同じ環境で仕事をしていたので、
そろそろ新天地へ羽ばたきたいという
気持ちが通じたんだと思います。

ちなみに次の店舗は、
地元で陸の孤島と呼ばれる
北部の僻地でした。

異動できたのは良かったのですが、
見知らぬ土地でしたので、当時は寂しさを紛らわすべく
毎日のように飲み歩いてました。

特に飲み屋のお姉さんにハマってしまい、
散財することとなります。

当時、夜の遊びに関して無知だった私は

  • 1時間3,000円
  • 島酒飲み放題
  • 可愛い女の子とお喋りができる

という、飲み屋のマーケティング戦略に
どっぷりと浸かっていました。

そのなかで、マイちゃんと呼ばれる
女の子に特にハマってしまい、
その子からLINEで

「今日ヒマ??」
「お店人いないよ〜〜(涙)」
「今から来れる〜〜??」

といった内容でアプローチされました。
今思えば、それはお店に集客するための
セールストークでした。。

しかし、当時の私はその言葉を
鵜呑みにしてしまいます。

マイちゃんに会うために、
往復1200円のタクシー代を使い、
指名料1000円を追加し、
2時間6000円のコースを
週2〜3回のペースで2年間通い続けました。

それに加えて、仕事のストレスから
同僚と毎日のように居酒屋で
愚痴を吐き出す日々を過ごします。

私が異動した地域は、大学が1校しかなく
バイトの担い手である大学生が
必然的に少なかったです。

そのため、慢性的に人手不足が続き
正社員の残業時間が100時間を超えるのは
当たり前の状況となっていました。

ただ、この店舗で3年間頑張ったおかげで
副店長に昇進することができたので、
キャリアアップとしては良かったのかなと
思います。

出向

順調にキャリアを積み、
入社して10年目だった年に
出向辞令が通達されます。

次の異動先は、
業務提携しているコンビニでした。

スーパーバイザー候補として
私に白羽の矢が立ったのです。

そこではさらに業務が激務となり、
次第に疲弊していきます。

スーパーからコンビニへ、全く異なる業態に変わり
0から業務を覚えないといけなかったので、
アルバイトの方から仕事を教えてもらう
日々を過ごします。

田酔したお客さんの対応,
外国人従業員の教育、
コーヒーの注文対応、
釣り銭の精算業務、
おでんの汁交換、
無断駐車の対策、
揚げ物の製造、
トイレ清掃、
弁当の製造、
レジ操作、
廃棄処理、
欠員対応、



数え上げるとまだまだ出てきますが、
改めてコンビニの業務は
人間で行うには限界を超えている
と感じました。

また、こういった通常業務に加えて
スーパーバイザーとしての勉強も
行わないといけなかったので、
さらに残業時間が増えることとなります。

8時間のシフト勤務内は常にレジ対応をし、
正式な勤怠以外の時間で
取り組み発表などの資料作成を
行わなければなりませんでした。

それらに加えて24時間業務となったので、
家に帰っても仕事のことが頭から離れられず、
精神的に限界を迎えることとなります。

休職(2017年4月〜)

初めての長期休職

ある日、駐車場に車をとめて
出勤しようとしたのですが、
車から一歩も出ることができずに
仕事を休んでしまいました。

さすがにマズいと思い、
次の日に病院で診察してもらうと

「自律神経失調症」

と診断され、
2ヶ月の休職を宣言されました。

今までバイト時代から
3日以上の休日を取ったことがなかった
私にとって、いきなりの長期休職となったので
最初の一週間は抜け殻のようになっていました。

当時、一人暮らししていたレオパレスのアパート
一日中外に出ず、テレビをぼーっと眺めてる日々を
過ごします。

休職して2週間が過ぎようとした時、
元いた店舗でお世話になったパートナーさんから
心配され、食事をしながらお話をする機会を
得ることが出来ました。

人と話をすることで、今まで私が辿った仕事に対して
自信を取り戻すことができました。

家に帰った私は、復活したやる気の勢いのまま、
以前より興味があった

「ライザップ」

に申し込むこととなります。
と同時に、自律神経を整えるのに効果があるということで

「ヨガ」

も始めることとなります。

ライザップ&ヨガ

ライザップでは、食事に関して1から学び直す
いい機会となりました。

食品を販売している立場にもかかわらず、
食事に関する知識を得ようとしないまま
好きなものを好きなだけ食べて過ごした結果、
体調不良に陥ったのだと思います。

これまでの私は、炭水化物中心の食生活で、
お昼の食事は

  • タコライス大盛り
  • ごつ盛りカップラーメン
  • 炭酸ジュース500ml

の3点セットが定番でした。

それがライザップに通い始めてから

タンパク質中心・炭水化物控えめ

の食生活に変化することが出来たので、
あのとき思い切って自分に投資して
本当に良かったです。

また、ヨガを初めたきっかけは、
ネットサーフィンしてて偶然目にした

「LAVA」

というホットヨガスタジオです。

当時は沖縄に初出店でしたので、まだ会員数が少なく
これなら自分でも周りの目線を気にせず
始められると思って入会しました。

ただ、入会してみると男性会員は
私一人しかいなく、逆に女性の目線を気にしながら
黙々とヨガに勤しむ日々となります。。

こうして私は

「筋トレ」
「食生活改善」
「ヨガ」

という3本の矢を投入して
超スピード回復で職場復帰を果たします。

復職

復職後、まずはリハビリ勤務として
再び仕事を始めます。

就職前は、とにかく目の前の業務に対し、
必死になっていて余裕がなかったのですが、
この時期はある程度落ち着いて
仕事をすることが出来ました。

その中で、今まで普通と思っていた
仕事のやり方や生き方について、
色々と疑問を持つようになります。

  • 体調を崩してまで仕事をする意味は?
  • 自分は何のために働いているのか?
  • そもそも自分は何がしたくて生きてるのか?

少し哲学っぽくなってしまいましたが、
ヨガを始めてから、今までよりも
深く思考を巡らすようになったと思います。

そして当時、ヨガに関連して

「断捨離」

という言葉に出会い、
実際に自分の身の回りにある
「モノ」にも向き合うことになります。

「自分にとって本当に必要なモノって何だろう?」

と思考を巡らすようになり、
断捨離を実際に行いました。

テレビ、
ブルーレイレコーダー、
オーディオ、
プレステ3、
洋服、


といった、今まで何気なく所持していた
モノを減らしたことで、
自分にとって本当に必要なモノは

「ノートパソコン」

さえあれば満足することに気付きました。

浪人時代に衝撃を受けた
「ノートパソコンでゲームを動かせる」
という経験がずっと残っていることを、
改めて発見することとなります。

自己投資

テレビを断舎離したことで、
主な情報源をネットから得る生活に
突入します。

ノートパソコンで、様々な価値観を持った
Youtuberやブロガーの投稿を閲覧していると、
会社に依存して働くというスタイルが
非常にリスクが高いことに気付きました。

自分の時間を会社に切り売りしたまま働いても、
スキルや実績といった自己資産を
積み上げることが出来ず、
人生詰んでしまう恐怖が生まれました。

そこで、自分の力で稼ぐスキルを身につけるため、
とにかく自己投資に時間とお金を使うこととなります。

今まで本を読む習慣がなかったのですが、
仕事が終わるとすぐに本屋に直行し、
あらゆるビジネス書・心理学・経営学に関する書籍を
読み漁りました。

また、Youtubeでも

  • ホリエモンチャンネル
  • NewsPicks
  • Daigo

といった自己啓発系の動画を大量に閲覧し、
新しい思考をインストールしていきました。

ただ今思えば、まだまだ付け焼き刃程度の知識で
大きなリターンを得ようと、
身の丈に合わない投資をすることとなります。。

失敗

2017年11月、私はネットから得た情報から
仮想通貨50万円の投資をしてしまいます。

当時は「ブロックチェーン」「トークン」といった
新しい技術に可能性を感じ、
勢いのままお金を投入していきました。

まだ値上がりしていた時期でしたので
2週間で70万円に爆上がりし、

「自分って才能あるかも。。」

と調子に乗ってしまいました。

そして2018年1月、更に50万円追加して

  • リップル
  • イーサリアム
  • ネム
  • ファクトム
  • リスク
  • モナコイン

といったコインを購入していきます。

そして1月末、例の「コインチェック事件」
仮想通貨が軒並み暴落し、
そのまま100万円の損失を被ってしまいました。。

私が大損失を被った、ちょうど同じタイミングに
物販ビジネスコンサル勧誘
LINEで目に入ってしまいます。

仮想通貨での失敗を取り戻そうと、
私はそのコンサルに100万円
投資してしまう事となります。

退職(2018年10月〜)

自分の力で稼ごうと
物販ビジネスに取り組んだのですが、
思うような成果が出ず、貯金が底をつき
挫折してしまいます。

そしてもう自分の中で
会社に貢献する気力も失い、
退職を決断します。

その後
一人暮らしをしていたアパートを引き払い、
実家に戻ることとなりました。

所持していた車も売り払い、
そのお金でもう一度再起を図ろうと、
プログラミングスクールに通うことを
決意します。

独学期間

退職からスクールが始まるまで2ヶ月ありましたので、
その間はプログラミングの自習期間に当てました。

主に「Progate」というオンライン学習サービスを利用して、
html, css, JavaScript, PHP といった言語を中心に
基礎固めを行いました。

それに加えて、英語学習もこの時期に始めました。
こちらもオンラインの「DMM.英会話」というサービスを利用して
学習を始めることとなります。

スクール勉強期間

事前に学習を始めてましたので、スクールでは比較的
スムーズにカリキュラムをこなすことが出来ました。

再就職(2019年7月)

プログラミングスクールを卒業後、
ハローワークを活用しながら転職活動を開始します。

そこではパソコンの検索機を使い、
募集条件が未経験でもOKな企業に絞って
10社ほど候補を洗い出しました。

また、職員の方が親切に相談してくれましたので、
精神的にも大分助けられました。

そしてなんとかシステム開発の企業様より内定を頂き、
エンジニアとしてキャリアをリスタートすることになります。

未来

将来は、

プログラミング

英語

マーケティング

の3つのスキルを取得し、場所を選ばずに仕事をしながら
ヨガ・ボディメイクの知見を深め、
有益な情報を発信していきたいです。

まずは、未経験からエンジニアへのキャリアチェンジに関して、
身をもって実験しながら情報発信していきます。